教育について
HOMEホーム教育について研究ガイドライン(調査系)

東京大学大学院医学系研究科・研究ガイドライン(調査系)

PDFバージョンのダウンロード

平成23年1月26日 教授総会承認
平成26年3月改訂
平成26年4月改訂

 このガイドラインは東京大学大学院医学系研究科で研究(調査系)を行う研究者が、研究を行う前、研究期間中、論文を発表する際に行うべきことをまとめたものである。近年の医学研究の進歩による研究内容の高度化・多様化に伴い、研究を施行する際に遵守すべき事項も急速に増加しつつある。このガイドラインはその中から、とくに人や人の集団を対象にして、医学および健康に関わる調査研究を新たに始める研究者が留意すべきことを中心にまとめたものである。なお、調査研究の多様性から、このガイドラインに記載された事項が、全ての調査研究にあてはまるものではないことに留意されたい。同時に、このガイドラインは東京大学大学院医学系研究科が発信する研究成果の質を向上させ、外部からの信頼を高めるためのものである。

1.研究着手前にすべきこと(各種申請を含む)

東京大学科学研究行動規範の熟読

 まず研究着手に先立ち、東京大学の科学研究行動規範(Code of Conduct for Scientific Research)を熟読する。この規範は、科学研究に携わる東京大学の研究者を対象とし、東京大学の科学研究における基本的な原則と心構えについて定めたものである。
 ・東京大学科学行動規範
  https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400038719.pdf

人(ヒト)を対象とする研究について

 人および人の集団を対象とする調査研究(診療記録を使った研究を含む)、ならびにヒト(患者および健常人)由来の試料(ゲノム、遺伝子を含む)を使用する研究に従事する者は、東大研究倫理セミナーを受講し、受講証の交付を得なければならない。各種指針などの情報も関連サイト(東大研究倫理セミナーにて指導あり)から得て事前に理解する。また、必要に応じて研究開始前に「研究倫理審査申請書」または「ヒトゲノム・遺伝子解析研究倫理審査申請書」を提出し、医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を得る。東大研究倫理セミナーや研究倫理審査申請に関わる詳細は、医学系研究科・医学部倫理委員会のホームページを参照すること。
 ・医学系研究科・医学部倫理委員会
  http://www.m.u-tokyo.ac.jp/ethics/ethcom/index.html

 人(ヒト)に関わる研究の倫理指針としては、「疫学研究に関する倫理指針」「臨床研究に関する倫理指針」「遺伝子研究に関する倫理指針」などがあり、それぞれ該当するものについて遵守すること。なお、前述の諸指針については現在(2014年3月)、見直しの検討が行われており、近い将来改訂される可能性がある。Biomarkerを利用した研究については、遺伝子情報の有無により適応指針が異なるものの、いずれの場合も事前の倫理審査ならびに患者へのインフォームドコンセント、情報の管理体制などに十分配慮する。既存資料を使用する場合も適切な個人情報保護などの対策を講ずることが必要である。なお、個々の人を直接の対象としない研究(例:市町村単位の集計データを対象とした研究)や既に公表された資料を用いた研究(例:労働人口の推移)は多くの場合、倫理審査の対象にはならない。また、連結不可能匿名化された資料のみを用いる研究は「疫学研究に関する倫理指針」や「臨床研究に関する倫理指針」の適用対象外とされている。ただし、研究者自身の倫理的自覚が問われることでもあり、研究開始に先立って各種の研究倫理指針を自ら確認すること(大学院生の場合は指導教員ともよく相談すること)。
 上記の「疫学研究に関する倫理指針」や「臨床研究に関する倫理指針」においては、「倫理委員会があらかじめ指名した者」が「研究者等が所属する医療機関内の患者記録から専ら統計、単純な統計処理等を行う研究」他、一定の条件を満たしたと判断した場合に倫理委員会への付議を必要としない旨定めているが、それぞれの研究者が勝手に判断して良いということではないことに注意する。
 人を対象にした介入研究を行う場合には、適切な方法で研究対象者の募集および同意の取得を行うことが要求される。また、研究開始にあたって倫理委員会の承認が必要である。承認後、研究参加者(被験者)への研究説明、同意書の取得を開始する。医学部付属病院で実施される侵襲的介入試験の開始にあたっては、病院の「臨床試験審査委員会」(窓口:臨床研究支援センター http://www.cresc.h.u-tokyo.ac.jp/index.html)に研究内容を申請し、委員会の承認を得る必要がある。なお、研究期間中に申請内容に変更を必要とする事態が生じた場合には、変更申請書を提出して承認を得なければならない。

重要ポイント1 : 対象者への調査開始は倫理委員会の承認を得てから

 ここに記した各種申請は承認まで時間を要することがあるが、申請が承認されてはじめて調査を開始することができる。簡単な申請内容であるからといって、承認されることを見越して調査を承認前に開始することは行ってはならない。

2.調査研究遂行時の注意

A) 知的財産への適切な配慮(該当する場合)

 心理テストやQOL尺度などに中には著作権のついたものがある。知的財産権の主張が存在する知的産物の研究利用においては、著作権所有者との十分なコミュニケーション、必要な契約ないし登録などを行う。また、原版尺度に対して質問項目の文言の修正、選択肢数の変更、項目順序の置換、一部項目のみの部分使用といった操作を加えた場合には、原版とは別の性質を持つ尺度になってしまい、信頼性・妥当性の検討をあらためて行う必要があることを銘記すること。研究目的上どうしても改変の必要がある場合には、原版作製者からの許諾を得ることが望ましいとされるが、少なくとも原版についての引用と改変したことを論文に明記する必要がある。

B) データ収集に際しての配慮(該当する場合)

 データ収集を行うフィールド(施設など)の許可を得る場合には、先方の責任者(施設長など)から書面で許可を得ることが後のトラブルを防ぐことになる。また、biomarkerの採取、危険性のあるフィールドへの立ち入りなど安全性に配慮する必要がある場合、研究実施者ならびに対象者に対する安全配慮を十分行う(大学院生の場合は指導教員に適宜相談しその指示に従うこと)。

C) 研究データの管理(該当する場合)

 個人情報に関わる調査データの管理における注意事項

  (データの保管)

  • 調査データは可能な限り早い時期に匿名化する。連結可能匿名化を行った場合には、対応表はデータとは別個の場所に管理する。
  • 個人識別情報(氏名や病歴番号など通常業務において使われる個人番号など)は、施錠された保管所で管理し、鍵の保有者を限定する。
  • 個人識別情報(匿名IDとの対応表も該当する)を電子ファイルにて保存する場合には、暗号化しパスワードを付与する。
  • 連結可能匿名化されたデータについても可能な限り暗号化して保管することが望ましい。
  • USBメモリでデータを移動する場合には、USBメモリ全体かファイルにパスワードを付与すること。また、できるだけアンチウイルス機能のついたUSBメモリを利用する。
  • データの保存期間と廃棄方法については、倫理委員会へ提出する申請書に記載し、その承認事項に従う。

  (連結不可能匿名化されていないデータを解析するコンピュータの管理)

  • パソコンにはIDとパスワードを設定し、ゲストアカウントは削除する。また適切なファイヤーウォールを設定する。
  • 解析するパソコンはアンチウイルスソフトをインストールし、最低1週間に1度以上ウイルス定義とOSをアップデートすること。
  • 解析用パソコンにWinnyその他のファイル共有ソフトをインストールしない。
  • データを保管して固定して使用するパソコンは盗難に備えてワイヤーなどで物理的に施錠する。

 二次データ解析を行う場合の注意事項

  • あらかじめデータの提供元に対して成果発表をする許可を得ておく。解析結果によって提供元が発表を許可しないリスクを認識すること。
  • データの収集された過程を、自ら収集したのと同様に把握しておくこともデータ解析を行う者の責任である。

D) その他の調査データ管理に関する諸注意(該当する場合)

  • 研究上必要な手順の一部を外部業者に依頼する場合には、守秘契約書(non-disclosure agreement)を締結してから業務を依頼する。特に個人情報を含むデータを業者とやりとりする場合には細心の注意を払うこと。
  • 研究上必要なソフトウェアなどの開発を依頼する場合には、納品物の知的財産権の帰属をあらかじめ書面で確認しておくことが後のトラブルを予防することになる。

E) 研究費の適正使用

 研究費の不正使用は絶対に行ってはならない。科学研究費支出にあたっては科研費ハンドブックを参照するとともに、研究責任者や事務担当者とよく相談し、計画的な使用に留意すること。

重要ポイント2 : データの管理は不測の事態に備える

 個人情報に関するデータの管理には細心の注意を払うとともに、データ管理の不備による事故は、社会の批判の的になることを意識すること。不測の事態に備えてフェールセーフ(fail-safe)の考え方で予防的な行動をとることが重要である。

3.論文作成と投稿

著者・共著者

  • 共著者の選定:どの関係者を共著者とすべきか否かの判断(貢献度)と、共著の承諾取得(順番を含む)は論文作成にあたって必須事項である。共著者には投稿原稿を提示した上で承諾を請うこと。
  • 大学院生は、共著論文あるいは共同研究の内容を学位論文として提出する際には、全ての共著者あるいは共同研究者から同意書を取ること。

表現と引用

  • 引用を適切に行うこと。先行研究のフェアな引用、また、出典の明記を確実に行う。自分の論を展開する上で都合の良い先行研究だけを引用するのではなく、逆の意見を含めた冷静中立な引用を心がける。
  • 他の論文や既発表の論文などの丸写しは、部分的であっても絶対にしないこと。他の論文から、一文以上を丸写しすることは剽窃と見なされる場合がある。例外として丸写しが認められるのは、カギ括弧(あるいは“”)で区切った上で、出所を明確にしている場合など、特別な条件が満たされた場合のみである。
  • 表で数字を羅列するよりも、ポイントを絞ったグラフや図を使用するのが良い。提示する情報は多すぎず、少なすぎず、を心がける。

その他の留意点

  • 以上のことを含め、投稿論文に関する一切の責務はcorresponding authorが負うことになる。
  • 公表した内容に関して、求めがあれば、質問票などを提供する準備をしておくこと。
  • 研究協力者(データ提供者、フィールドの責任者など)や研究費提供団体への謝辞について、個人名を掲載する場合は、その者の承諾を得ること。

参考資料

  • 論文作成時に盛り込む内容については、「観察的疫学研究報告の質改善のための声明(STROBE声明)」が参考になる。

 ・STROBE声明
  http://www.strobe-statement.org/

重要ポイント3 : 論文投稿上の注意

 同じ論文を同時に複数の雑誌に投稿することはできない(二重投稿の禁止)。原著論文(original article)では一つの解析結果(図や表)を複数の原著論文で使うことはできない。ただし、たとえ同じデータであっても、目的や解析方法が異なれば許容される場合もあるので、その場合には論文投稿時にEditorに関連論文を申告して判断を仰ぐこと。

重要ポイント4 : 共著者の投稿前の承諾

 共著候補者には投稿前に論文を提示し、共著となることの承諾を得ること(著者の順番を含む)。雑誌によっては利益相反状態の申告やcopyright agreementの際に著者全員の署名を求めることがあり、事前に承諾を得ないと思わぬトラブルになる。共著者になることを全ての研究者が喜ぶわけではない、ということを認識しておくことが重要である。
 また共著になることを要請された場合は、論文を投稿前に熟読して、共著者になることの承諾の有無を相手方に速やかに伝えることが重要である。当該論文に何らかの問題が生じた場合は、共著者にも責任がかかってくることを認識することが大切である。

重要ポイント5 : 利益相反状態の有無の確認

 論文の作成にあたっては利益相反(COI: conflict of interest)の有無に十分に留意し、日本医学会や関係各学会の利益相反ガイドラインに沿って適切に研究を行い、必要事項を発表の際に開示することが必要である。寄附講座に所属する研究者は、発表に際しては所属施設で使われる正式名称を記載し、資金提供元の企業名を謝辞に明記する。複数の企業などから資金提供されている場合には、ある一定基準額(例、200万円以上/企業)を超えていれば、該当する企業名をすべて記載し、透明性の確保を図ることが求められる。和文例として、謝辞:XXX寄附講座は、YYY製薬の寄附金により支援されている。英文例として、Acknowledgements: Department of XXX is an endowment department, supported with an unrestricted grant from YYY. の記載が明示されるべきである。適切なCOIの開示を行わなかった場合には社会的責任を問われることになり、十分な注意を要する。

4.特許の取得について(該当する場合)

特許の出願

 研究成果を特許出願する場合には、学会や論文発表の前に出来るだけ早めに申請すること。基礎・保健系(山の上地区)は医学部研究支援係、臨床系(病院地区)は医学部附属病院パブリックリレーションセンターを通じて知的財産室に申告すること。いったん学会や論文で研究成果が公表されると特許性が消失することに十分留意すること。
 ただし、日本では、学会での発表後(予稿集の配付時点から)6ヵ月以内であれば、また、論文発表後(論文が発行された日から)6ヶ月以内であれば、特許申請することが可能である。

 ・特許法関連HP
  http://www.jpo.go.jp/index/tokkyo.html

5.知見の公表に際して行うこと

研究協力者へのフィードバック

 論文が採択され成果の公表を行った際には、研究協力者に対して成果報告を行うことが望ましい。研究協力者が一般住民や患者など非専門家の場合には、一般向けに分かりやすく知見を解説した報告を作成し、ホームページや大学の広報等の手段を利用して成果報告を行うことが考えられる。
 研究協力者に対して調査の参加同意を求める際に、どのような形で成果の公表や、研究協力者に対する成果の報告を行う予定であるか明示しておくことが望ましい。

6.よりよい研究のために

 以下の事柄は必須ではないが、良い研究を行うための心がけとして参考までに列記する。

計画を立てる

 研究に着手する前に、どのような目的で研究を行うのか、何を明らかにしたいのか、結果が出たら何が言えるのかを考え、それに沿ってデータ収集・解析を行う。当該トピックに関する先行研究のレビューや最新情報の収集を心掛け、研究の新規性、独創性、意義を確認する。ただ「過去に行われていない」、「誰もやっていない」というだけでは研究の意義にはならない。
 研究目的と仮説は出来る限り明文化しておく。これらが研究上の方法と密接に関連することになる。また、データ収集は研究目的を意識してそれに沿うように実施すること。解析方法についてもあらかじめ決めておく方が良い。データ収集を完了してから、そのデータの限界を解析方法で補うことはきわめて難しいことを肝に銘じておく。データが先にある二次データ解析であっても、解析計画を先に立てて、仮説を基に解析を行うことが推奨される。
 調査ツール、特に質問紙は複数の目で吟味して可能であれば実際の対象者に近い集団でパイロットテストを行うこと。介入を行う場合には、その介入が実際にどの程度行われたのか(penetration)を検証できるようにデータ収集を考える。これらは可能な限り研究計画書として文書にしておく。解析に含める変数の相互の関係について、可能な限り図で整理するのが良い。

調査を進める上での留意点

  • データの品質管理:紙データの電子化にはダブルエントリー(2名で同時入力した結果を照合することにより入力ミスを少なくする手続き)が望ましい。
  • 適切な統計学的解析と解釈:適切な統計処理を行い、統計的な有意差だけではなく、差の大きさ(effect size)の意味を客観的に判断する。
  • 統計的検定の前提・仮定を理解し、実際のデータでもその前提が満たされているのかを検証する。