卒業生の声

大久保洋平東京大学医科学修士の第一期生となって

大久保 洋平 1999年 東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程入学(一期生)、2005年 同博士課程修了(医学博士)、2006年 同助手、2007年 同助教。

卒業研究発表会も無事終わり安堵感に包まれていた1999年3月、ぼんやりと掲示板を眺めていたところ「医科学修士」という文字が目に飛び込んできました。東大医科学修士の第一期は、このように3月に告知、すぐさま試験、そして4月から授業開始というタイトなスケジュールで始まりました。偶然かつ幸運にもこのポスターを目にした私は、次の瞬間には受験を決意していました。
当時の私は学部時代に所属していた研究室にそのまま進学することが決まっていましたが、学部時代とは違うアプローチで神経科学研究をしたいと常々考えていました。多くの神経科学系研究室を擁する医学系研究科へ、博士課程から進学することも視野に入れていた私にとって、医科学修士新設はまさに渡りに船でした。「非M.D.が医学部でまともな研究ができるのか?」といった周囲の意見もあり、もちろん私自身不安はありましたが、結局それらは杞憂でした。
無事入学試験に合格し集まった一期生は、進学先が決まっているのに敢えて進路変更して来ただけのことはある「濃い」面々でした。バックグラウンドは多様でしたが、基礎医学、生命科学への情熱は非常に高いものがありました。先達のいない一期生として、手探りで情報収集と判断をする必要がありましたが、その分結束は強いものとなりました。現在所属はバラバラですが、交流は今でも続いています。

小脳皮質に固定したグルタミン酸可視化プローブEOS(緑)とプルキンエ細胞(赤)
小脳皮質に固定したグルタミン酸可視化プローブEOS(緑)とプルキンエ細胞(赤)

研究室の選択については、授業およびローテーション期間に熟慮することができました。この半年間のモラトリアムは、自分の研究志向を相対化し客観視した貴重な期間であったと思います。そして当時は漠然としたものでしたが、イメージング研究へ興味を抱き、細胞分子薬理学教室(飯野研究室)の門を叩きました。実際に配属されてまず衝撃を受けたのが、一介の学生に野心的なテーマとそれに見合うリソースを与え、自主性に任せて研究させるということでした。ただ決して指導が不足することはなく、これをもって飯野教授は放任主義ならぬ「放牧主義」と仰っています。

神経細胞におけるシグナル分子の可視化実験を通じて、「実際に見てみるまで何が出てくるか分からない」、セレンディピティを要するイメージング研究の醍醐味に触れ、二光子顕微鏡を含む各種蛍光顕微鏡を弄りながら刺激的な大学院生活を送ることができました。そしてその中で、当初は漠然としていた自分の研究志向が明確になっていきました。すなわちシグナル分子の時空間動態を定量することで、中枢神経機能をボトムアップ的に理解するというアプローチです。医科学修士での経験が血肉となり、このような研究を続けられていると確信しています。

 

山下貴之シナプスに刻まれた修士時代

山下貴之(平成15年度卒業)

私は、平成13年度に、東京大学農学部を卒業し、第三期生として同大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程に進学いたしました。当時、本専攻はまだ発足したばかりでしたが、すでに教育システムは出来上がっており、教員の皆さんも修士の学生の存在に慣れはじめておられた時期かと思います。

私は、学部の卒業研究において、脳スライス標本を使ったパッチクランプ記録を経験させていただく機会があり、この手法の魅力に心を奪われておりました。そのこともあって、大学院からはこの手法を開発された高橋智幸教授(神経生理学教室・当時)の下で研究に邁進しようと心に決めておりました。しかしながら、本専攻のシステムに則り、入学当初から研究室に所属することはせず、入学から4ヶ月ほどは、授業やローテーションなどを通して、医学の幅広い分野における色々な研究例・研究手法に触れました。これと同時に、優秀な同級生たちをはじめ、様々な分野で第一線の活躍をされておられる先生方と交流を持つ機会がありました。この頃に受けた刺激は、強烈であり、また多岐に渡るものでした。同じ科学を職業とする人々であっても、実に様々な価値観を持っていて、研究室運営形態は千差万別であるということ、また、研究手法にも得意・不得意があり、できること・できないこと、データが取れるまで時間がかかるもの・かからないもの、人を選ぶ手法・誰でもできる手法など、実に多くのオプションがあるということを学びました。そして、多様な価値観・研究手法の中で、特に自分の興味や特性に親和性が高いものを主体的に選び取る権利が与えられているのだと実感しました。

とはいえ、結局私が選び取ったのは、第一印象と変わらず、神経生理学教室とパッチクランプ法でした。私は、パッチクランプ法の実験精度の高さと時間分解能の良さを軸として、脳をボトムアップ的に理解しようとする、研究室の方向性に惹かれました。最も重要なのは結果であって、どんな時間の使い方をしても、結果さえ出ていれば何も咎められることがない研究室の雰囲気にも親和性を感じていました。教授はもちろん先輩方も地に足のついた論理的な議論をされ、間違いのない研究の進め方をされていました。高橋教授には以後9年間お世話になり、シナプス伝達調節機構に関していくつかの原著論文を発表することができました(下図)が、私の研究スタイルの基礎は修士課程の時期にほとんどすべてが叩き込まれたと感じております。私に限らず、「修士時代に習ったことは体が覚えている」と言われるほど、大学院修士課程は研究スタイルの基礎を築く重要な時期に当たります。本専攻へ入学された学生の皆さんには、十分な情報を元に主体的に自らの研究方向性を決めて、熱意を持って研究に励んでいただきたいと思います。

脳スライス標本を作製し、Calyx of Heldの前後シナプスより同時にパッチクランプ記録を行った。
脳スライス標本を作製し、Calyx of Heldの前後シナプスより同時にパッチクランプ記録を行った。

細胞内かん流法を用いて神経終末端内伝達物質濃度を上昇させると、単一小胞内伝達物質の開口放出に伴う後シナプス反応が増幅した。(Yamashita et al., 2003)
細胞内かん流法を用いて神経終末端内伝達物質濃度を上昇させると、単一小胞内伝達物質の開口放出に伴う後シナプス反応が増幅した。(Yamashita et al. (2003) J. Neurosci. 23: 3633-3638.)

膜容量測定法を用いて、神経終末端におけるシナプス小胞のエキソサイトーシスおよびエンドサイトーシスを解析した(左)。神経終末端に非加水分解GTPアナログやダイナミン阻害ペプチドを注入するとエンドサイトーシスが停止した(右)。(Yamashita et al., 2005)
膜容量測定法を用いて、神経終末端におけるシナプス小胞のエキソサイトーシスおよびエンドサイトーシスを解析した(左)。神経終末端に非加水分解GTPアナログやダイナミン阻害ペプチドを注入するとエンドサイトーシスが停止した(右)。(Yamashita et al. (2005) Science 307: 124-127.)

 

五十嵐 啓世界の医科学専攻へ

五十嵐 啓(第三期生 平成14年度卒業) 2001年 東京大学大学院 医学系研究科 医科学専攻 修士課程入学(三期生) 2007年 同博士課程修了(医学博士、指導教授 森憲作先生) 2007年 日本学術振興会 特別研究員(PD) 2009年 ノルウェー科学技術大学・カヴリ統合神経科学研究所 研究員

私は平成13年に東京大学理学部生物化学科を卒業し、この医科学専攻に進学しました。学部時代の研究室は研究の水準が高く、よい環境だったのですが、学部時代に講義で習った神経細胞のスパイクをぜひこの目で見てみたいという気持ちがあり、生理学の研究室が数多くある医学系研究科への進学を決めました。やはり学部のころに読んだ立花隆さんの「脳を究める」で紹介されていた森憲作先生の研究と、「構造のシンプルな嗅覚系は脳を理解する良いモデル系となる」というアイデアが大変面白いと思っていたところ、森先生が同専攻に移られたと聞き、すぐに森研への参加を決意しました。

私たちの入学したころの医科学専攻は、すべての同期生が研究室を決めておらず、半年間まず講義や実習を受けました。実習は医学部ならではの病理や解剖実習もあり、とても貴重な経験でした。居場所が講義室しかないことから、いつも同級生と一緒にいたものです。週一回論文紹介の自主セミナーを開いて交代で発表をしたり、毎週金曜には講義室でお酒を飲んだり、いまから考えるとこれは同期生の連帯を強めるためにはとてもよかったと思います。計画して温泉旅行にいったりもしました。研究室の希望を出す前の1ヶ月間は、せっかくなので違う研究室を見てみようと、研究室ローテーションとして廣川信隆先生の研究室で電子顕微鏡を使った観察手法を学ばせて頂きました。いまでも廣川研の方々とは親しくさせて頂いており、とても楽しい一月間でした。

夏から森研究室に配属になり、テーマを考える日々から研究が始まりました。森先生は「まだ誰も旗を立ててないところに、旗を立てる研究をして下さい」とよく言われ、これはいまでも私の研究の目標となっています。まず誰もまだ観察をしたことのない領域を調べようと、嗅球の外側部の光学測定を開始し、論文としてまとめることができました。しかし本当に知りたかったのは、より高次の嗅皮質で匂い情報がどのように処理されているかという問題でした。嗅皮質は神経回路の構造もほとんど分かっておらず、かなりの問題が未解決でした。この問題は非常に難しく、2003年にノーベル賞を受賞されたバック博士の研究室でもうまく行かなかったという問題でした。これはテーマとしては申し分ないと思い実験を始めたものの、やはり難しく、実験手法を変えたりしながら試行錯誤を繰り返しましたが、なんとか単一の神経細胞レベルでの嗅皮質神経回路の可視化に成功しました。この結果は嗅球から嗅皮質へは細胞種ごとに異なる神経回路が形成されている、という結果で、今後の嗅皮質研究の基盤となるのではと期待しています(下図)。

なんとか嗅皮質にも「旗」を立てられたことから、今後自分がどのような研究を展開していくべきかと考えましたが、嗅皮質の最も高次部位にある嗅内皮質は、記憶の中枢である海馬との関係が深いことから、嗅覚と記憶の関係について研究を行うことにしました。この領域の研究で著名な仕事をされているノルウェー科学技術大学のモーザー博士の研究室に移り、現在は記憶行動中のラットの嗅内皮質からの記録を行っています。こちらに来て思うのは、それぞれの研究室で特化した分野での技術というものがあり、日本の研究室の水準は非常に高いところにある、ということです。むしろ、医科学専攻には水準の高い研究室が数多くあるという点は、世界のなかでもトップレベルではないでしょうか。私もこちらで学んだ研究スタイル・技術を生かしつつ、いずれ日本の科学に再び貢献したいと思っています。

医科学専攻への入学を考えられているみなさん、ぜひこの医科学専攻でのトップレベルの研究に参加してみませんか。


マウス嗅球の単一の僧帽細胞が嗅皮質へ軸索を伸ばす様子


細胞種によって、嗅皮質で形成される神経回路は大きく異なる

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